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第38話 境界線の選択

Author: 鎧塚 玲
last update publish date: 2026-08-11 15:36:20

「行こう、西の国の奥へ。この国から、ゼクス王子の手の届かないところまで……!」

教会前で涙を拭い、力強くそう宣言したライトの手は、けれど私の手を潰さんばかりの強さで固く握りしめられていた。震えているのは、恐怖のせいか、それとも退路を絶った覚悟のせいか。

「ライト……」

「泣いてる暇はないよ、ネモ。ヴァレン神官に追い出された以上、この村に長居するのは危険だ。追い出されたとはいえ、僕たちが脱走兵になったと知られれば、あの鋭い神官がいつ通報に寝返るか分からない」

ライトは先ほどまでのヘタレな様子を完全に押し殺し、元近衛騎士団第一隊副隊長としての冷徹な観察眼を取り戻していた。

「教会の裏手から街道を外れる。シーラさんが言っていた『裏の国境』……西の国へ抜ける密輸ルートを目指すぞ」

「ええ……っ!」

私たちは深くフードを被り直し、ドルトブルクの静まり返った村を足早に駆け抜けた。

夜の帳が降りる頃、私たちは鬱蒼とした国境の深い森へと足を踏み入れていた。

足場は劣悪で、太い根や岩が容赦なく靴底を打つ。

手持ちの明かりを点ければ追手に居場所を知らせるようなもの
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  • 縁切り令嬢の私ですが、ドS王子に執着されて逃げられません。   第38話 境界線の選択

    「行こう、西の国の奥へ。この国から、ゼクス王子の手の届かないところまで……!」 教会前で涙を拭い、力強くそう宣言したライトの手は、けれど私の手を潰さんばかりの強さで固く握りしめられていた。震えているのは、恐怖のせいか、それとも退路を絶った覚悟のせいか。 「ライト……」 「泣いてる暇はないよ、ネモ。ヴァレン神官に追い出された以上、この村に長居するのは危険だ。追い出されたとはいえ、僕たちが脱走兵になったと知られれば、あの鋭い神官がいつ通報に寝返るか分からない」 ライトは先ほどまでのヘタレな様子を完全に押し殺し、元近衛騎士団第一隊副隊長としての冷徹な観察眼を取り戻していた。 「教会の裏手から街道を外れる。シーラさんが言っていた『裏の国境』……西の国へ抜ける密輸ルートを目指すぞ」 「ええ……っ!」 私たちは深くフードを被り直し、ドルトブルクの静まり返った村を足早に駆け抜けた。 夜の帳が降りる頃、私たちは鬱蒼とした国境の深い森へと足を踏み入れていた。 足場は劣悪で、太い根や岩が容赦なく靴底を打つ。 手持ちの明かりを点ければ追手に居場所を知らせるようなものだ。 暗闇の中、ライトは近衛騎士団で叩き込まれた野戦の知識だけを頼りに、私を護るように前を進む。 「ハッ……ハッ……大丈夫か、ネモ」 「平気……! 私のことより、ライトの足音……少し引きずっていない?」 「……気にすんな。ちょっと小石を踏んだだけだ」 強がるライトだったが、私には分かっていた。 王都から休みなく移動し、精神的な極限状態が続いた上に、何十キロという夜道の強行軍だ。私は途中おぶってもらったりしていたが、ライトはほぼ足を止めなかった。元近衛兵とて、肉体の限界はとうに超えている。 それでも一度も足を止めず、私の手を離そうとはしなかった。 「ねえ、ライト」 暗闇の中、私は走りながらぽつりと呟いた。 「ヴァレン神官に『運命の番』を書き換えてもらえなかった。……世界の法則は、まだ私たちを『偽物』だって言っているわ」 「……そんなもん、知るかよ」 ライトは振り返らず、低い声で即答した。 「神様だか世界だかが決めた『番』がなんだってんだ。……僕の心が選んだのはお前だ、ネモ。血が繋がっていようが、世界から祝福されなかろうが、僕が死ぬまで護

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  • 縁切り令嬢の私ですが、ドS王子に執着されて逃げられません。   第35話 正義は優しさではない

    貴賓室を包む不気味な静寂の中、クソ王子は手の中で銀のハサミを弄びながら、底意地の悪い笑みを深めている。 騎士を呼ぶでもなく、俺に刃を向けるでもない。その余裕綽々な態度こそが、なによりも異常だった。 (……チッ、そういうことかよ) 俺は即座に悟った。 この若き暴君は、俺たちを捕まえる気なんてサラサラない。 今ここで俺たちを拘束すれば、ただの『屋敷内での小競り合い』で終わる。 だが、俺たちがシーラ様を連れてこのまま逃亡すれば——それは公爵家私設騎士団長アラン、そして公爵令嬢マリアンヌによる『王子に対する反逆と、犯人の連れ去り』という不可逆の重罪になる。 そうなれば、クソ王子は国家の法を盾にして、追手という名の私兵を正当に放つことができる。 アランとマリアンヌという「シーラ様の盾」を社会的に完全に抹殺し、邪魔者を一掃した上で、孤立無窮となったシーラ様を誰にも文句を言わせず手に入れる。 あえて罪を犯させることで、正当な排除理由を作る。 それが、この狂った王子の狙いだ。 「……気づきましたのね、アラン様」 隣で息を飲んだシーラ様も、同じ結論に達したらしい。その瞳が絶望に揺れている。 「アラン様、マリー!逃げてはダメです! 殿下の狙いは……っ」 「分かってるよ、シーラ様」 俺はシーラ様の言葉を最後まで言わせず、短く遮った。 理屈なんてどうでもいい。 ゼクスの狙いが分かったところで、俺たちに選択肢なんて最初から残っちゃいないのだ。 「うわっ!? なにを——」 「きゃああっ!?」 思考を巡らせる余地すら与えず、俺はシーラ様の細い腰を左腕で抱え上げ、間髪入れずに右腕でマリアンヌをすくい上げた。 二人の令嬢を左右の肩へ、まるで俵でも担ぐように一気に担ぎ上げる。 「ちょっと! アラン様、正気ですの!? 放しなさい!」 「アラン! 暴挙ですわ! 重い、重いですわよ離しなさい!!」 「暴れるな、舌噛むぞ!」 背後でゼクス殿下が「くくっ……」と満足そうに喉を鳴らす気配がした。乗ってきた、と思っているのだろう。 思わせておけばいい。 まんまと術中にハマってやるさ。 俺は貴賓室の窓枠に足をかけ、迷わず夜の闇へと飛び降りた。 風を切る感覚とともに、中庭の植え込みへと着地する。 足

  • 縁切り令嬢の私ですが、ドS王子に執着されて逃げられません。   第34話 逃亡者の誓い、北の影

    通信魔道具から投影された青白い光が、薄暗い教会の扉前を空しく照らしていた。 『近衛騎士団退団及び他騎士団への異動通知』 【異動先:北側国境第十駐屯地(シュヴァルツランド王国境界線)】 「……嘘、だろ……」 ライトの手から、通信魔道具がぽろりとこぼれ落ち、石畳の上で乾いた音を立てた。 彼はその場に膝から崩れ落ち、頭を抱えて子供のように泣き出した。 「北って……北の国境って……! シーラさんが言ってたろ……! 迷い込んだら尋問されて処刑だって……! 殿下は……僕を殺すつもりなんだ……!」 情けない声で号泣するライトの姿を見て、私の胸は冷たい刃物でえぐられるように痛んだ。 ゼクス王子は、私たちが駆け落ちしたことなど知らない。 ただシーラ様の傍にいる邪魔な男を排除するために、この最悪な異動命令を出したのだ。 「……ライト、ごめんなさい……っ!」 私はライトの前にひざまずき、ボロボロと涙をこぼした。 「私のせいだ……。私がシーラ様を置いて逃げたから……! 私があなたを巻き込んだから……! 私の『運命の番』を書き換えられなかったばかりか、あなたまで死なせることになるなんて……!」 シーラ様を王都に一人残してきたことへの激しい罪悪感。 「私を守る」と言ってくれたライトを、死地へ追いやってしまった絶望。 頭の中で、シーラ様が言っていた言葉がリフレインする。 『北の国境は、ただでさえ緊張状態。近衛騎士の副隊長なんて格好の獲物ですわ。ネモ、そうなった時にはライト様を見捨てなさい。ライト様もそれを望んでいますわ』 策なんて、何一つ思い浮かばない。 ヴァレン神官には断られ、王都には戻れず、ライトには死が約束されている。 絶望の暗闇が、私たちを完全に呑み込もうとしていた。 「……ネモ」 しゃくりあげる私の肩に、温かい手が触れた。 顔を上げると、さっきまで涙と鼻水まみれだったライトが、袖で乱暴に顔を拭い、真っ直ぐに私を見つめていた。 「……泣くなよ。僕が……僕が情けない姿見せたから、余計怖くなっちゃったろ」 「でも! ライト、北に行ったらあなた死んじゃうのよ!? 王都からの命令を拒否したら処刑だし、行っても処刑……っ! もう、どうすればいいの……!?」 「逃げるんだよ」 ライトは小さく、けれ

  • 縁切り令嬢の私ですが、ドS王子に執着されて逃げられません。   第33話 正義も執着も、割り切れぬまま

     大人になるということは、割り切る術を覚えることだと思っていた。 世界が決めた『運命の番』と結婚し、公爵家の私設騎士団長としての責任を果たし、波風を立てずに生きていく。それが二十八歳の俺が選んだ、賢い生き方のはずだった。 けれど——目の前で「自分の爵位剥奪で十分ですわ!」と胸を張る十六歳の少女を見ていると、その青臭い愚かさが、どうしようもなく眩しくて、胸がむかつくほど愛おしくなる。 (……相変わらず、計算がガタガタだな、お嬢) 幼い頃の彼女は、まるで精巧に作られた『からくり人形』だった。 笑わず、怒らず、完璧な「令嬢の鏡」として感情を殺していたマリアンヌ。 俺がどれだけ軽口を叩いて揶揄っても、彼女の瞳に光が宿ることはなかった。 そんな彼女に『血』を通わせたのは、俺ではない。 あそこに座っている、縁切り師——シーラ・デストーロだった。 シーラと出会い、感情を爆発させ、笑い、怒り、ついには王子相手にこんな無茶な謀反まで企てるようになった。 俺が何年かけても破れなかった人形の殻を、あの少女はあっさりと叩き割ってみせたのだ。 「私です。私がマリアンヌ様に指示してやらせました。もちろん、この計画を考えたのも私です」 貴賓室の影から足音を殺して踏み出し、俺はマリアンヌの前に立ち塞がった。 「なっ……アラン!? なにを言っているのですか! これは私の勝手で——」 「黙っていなさい、お嬢」 背後で焦るマリアンヌを、軽く手で制す。 「忙しい」と言い訳して自宅に放置している妻がいることも、俺には『運命の番』という動かせない枷があることも、彼女は全部分かっている。 自分は最低の男だ。 大人として、夫として、そして騎士として。 それでも、この生意気な十六歳が自分の人生をドブに捨てようとしているのを、見過ごせるほど俺は割り切れちゃいない。 「……ほう。団長自ら、愛しいお嬢様の身代わりか?」 ゼクス殿下が、冷ややかな殺気を孕んだ瞳で俺を射抜く。 手にはシーラから奪った銀のハサミ。 その瞳の奥にある真っ黒な闇を見て、俺は背筋に冷や汗が伝うのを感じた。 (……気味が悪いな。この若さで、もう完全に壊れてやがる) 失うことを恐れるあまり、すべてを鎖で縛り付けようとする若き暴君。 俺のように「最初か

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